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こんにちは 私のヨガ

とっても面白く、充実の1冊

新版 こんにちわ私のヨガ―美しく変身する107の秘密 (Yoga and meditation)

初版の発行は1975年
ベクシィが生まれるより以前に書かれたものです

この著者の本はどれもとても良書で、とても研究されていて、経験にもとずき、
表現や言葉のチョイスなどもとても好きです

これはそんな著者の処女作です

中には旧版の前書きと1993年の新版の前書きとが両方ついておりますが、
新版の方には「この本は若気の至りで恥ずかしくて書きなおしたい」と書かれています

この後に出版されている著者の本を読むと、
確かにもっと大きな世界にどんどん進んでらっしゃるので
それを踏まえて最初の変化&気付きの段階として読むのもとても味わい深いです

そして、最初に書かれた本だからこそ、ヨーガを全く知らない、
今回ヨーガに初めて触れるというような方でも興味が持てる、一般的な題材を取り上げた
誰にでも為になる本に仕上がっていると思います


内容は生活全般にヨガの知恵を生かす方法がてんこ盛りです

病気や不調、美容から料理やセクシャルな事まで
若い女性が気になる事をヨガ的に解決して健やかに過ごす方法がたくさん書かれています

ハイヒールを履いた時の対処法、背を伸ばす方法、便秘についてや蚊に刺されないようになる為に、
さらには鼻を高くする方法まで

ぜーんぶヨーガ的に解明しています

同じような生活に役だつヨーガの本として昨日【ヨガ 幸福への招待】をご紹介させて頂きました

同じ沖ヨガ出身の先生方として、内容がかぶる部分もあるのですが、
内容の充実度、表現の仕方、著者本人の思いの強さ等々から
ベクシィ的にはこちらの本に大軍配です
(比べてしまってごめんなさい… でも、あくまでも私の感覚です)


そして何よりベクシィのツボにはまったのは、この時代感です

ポーズの説明等は、写真ではなくイラストなのですが、
そのイラストの古さたるやら!!

シティハンターとか、キャッツアイの時代を思わせるイラストで何だか面白い(笑)

ハイウエストのオーバーオールでヨガしてたりして


とは言え、一部食生活でやたらマーガリンを勧めるところに時代を感じますが
(今はマーガリンは危険と言われる事が多いですね)
それ以外は30年たった今でも全く色あせる事無く、大変役に立つ知識のオンパレードです


本読みベクシィもなかなか出会えない大ヒットな1冊でした


新版 こんにちわ私のヨガ―美しく変身する107の秘密 (Yoga and meditation)

いつか私も、こんな生活に即して、みなさまの役に立つヨーガの本を書いてみたいな


Om Shanti & Love Love xxx ベクシィ

ニルヴァーナのプロセスとテクニック

とっても怪しい本です

ニルヴァーナのプロセスとテクニック


まぁ、ベクシィが読んでるヨーガを中心とした本の数々は、一般的な女子から見たらそれ自体ですごく怪しい本とされてしまいそうですが、それにしたって、その中でも随分と、これは群を抜いて怪しい本です

以前大事件を起こした某教団のネタ本とも言われているものらしいですし

なので、例えば精神世界とかに興味がすごくあって、でも自分の核が無く信じやすい方とか、丁度ココロが弱っていて何か&誰かに縋りたい真っ盛りの方とか、もちろん死にたい気分の方とかには絶対的にオススメできません

逆に内的世界に興味の無い方にとっては、日本語なのに全く意味が分からないという状態に陥る事が請合いなので、そうゆう方にもオススメしません

オススメできる人と言えば、本に限らず情報に逐一振り回されない、自分自身で取捨選択出来る術を持った方で、且つ瞑想やニルヴァーナに興味のある方…かなぁ…

相当一部の地域の人を対象にした本である事は間違え無いです


具体的には、瞑想の行法として以下の4つが説明されています

マントラ禅
丹田禅
クンダリーニ・ヨーガ
只管打坐


マントラ禅と丹田禅がこの地上での生き方に、クンダリーニ・ヨーガでは事実上の肉体の死を経過し、
只管打坐は生きたまま、生死を超えた、生の悟りをそれぞれ著者の実体験と方法論として紹介されています

そして、それぞれの境地については、詳しく文章で紹介するのではなく、
詩のような形が取られています


一般的に詩と言うのは、言葉数が少ないのでその解釈が難しいものです

けれどインドの昔からの教典なんかは、この詩的な短い文章で書かれているものが多く、
ヨーガの有名な教典であるヨーガ・スートラなんかもそうですね

短い簡潔な文章で要点だけを述べている


そうゆう手法を取るのは、なにも意地悪からではありません
それなりに意味があることなのです

まず第一に、言葉は不完全なものです

所詮人間が作り上げた言葉
その言葉を作り上げた人間の元になる奥深い世界を
表面的に作られた言葉如きで表現できるわけがありません

その為、言葉を尽くして説明しようとすればする程、
本質とはずれていってしまうものです

また、内的経験の話は自分で経験した事のある人にしか本当に分かるものではありません
それを経験した事の無い人に対して、不完全な言葉でいくら説明しようとしても伝わるわけもありません

さらに、下手に言葉で語りつくして、
本質的にそれを理解していない人に表面の字面で悪用されないようにとの配慮もあったはずです

そして、それを経験している人にとっては、
詩のような短い文章でも「まさにそう!!」と理解が出来、共感が出来、それ以上の言葉は必要ないのでしょう


だから、わたし達ヨーガを学ぶ者たちが、ヨーガスートラをお勉強する時に、
誰かの注釈や説明がなければ理解出来ないのは、
それだけヨーガの求める境地からはずれたところで生きている証拠でもあります
(当たり前の話だけれど)

誰かに解説してもらったり、注釈など全くなくても、
その短い文章の奥にあるものが実感として分かるようになった時、
かなりヨーガの境地に達している事になるでしょう


この本も同じような感じです


全く意味が分からなければ、それはこの著者が見ていたであろう世界とそれだけ遠い世界に自分がいて、
共感できれば出来るほど、近しい世界にいつのでしょう


ベクシィがこの本を読んで感じた本当のことは、
それこそ言葉では上手く表せないので、とりあえず一言


クンダリーニ・ヨーガのテクニックやその文章はかなり興味深いものがありました

ってことで



ニルヴァーナのプロセスとテクニック



Om Shanti & Love Love xxx   ベクシィ

サムスカーラ~本当の幸せを見つけるヨーガの秘宝~

本屋さんでこの題名「サムスカーラ」を見た瞬間、即買いしてしまいました

あなたの運命を決めるサムスカーラ―本当の幸せを見つけるヨーガの秘宝

なんで即買いしてしまったかと言うと、
「サムスカーラ」が題名になる、「サムスカーラ」が主な題材となる本を今まで見た事がなかったから

ヨーガのお勉強をされた事がある方は、みなさまこの言葉を聞いた事があるでしょう

ベクシィはサンスカーラと読んでいますが、
チッタやアハンカーラ、ブッディ、マナスと共に、
ヨーガ的にココロを考える時には欠かせない言葉です

そう、ヨーガ的ココロの科学を語る時には欠かせない言葉ではありますが、
それはココロを分解した時の一部分を指し示す言葉であって、
常に他の言葉と共に出てくる言葉であり、
それその物が単独でフューチャーされているってとても珍しい事なのです


その為『サンスカーラが単独で題名にされるほどフューチャーされている本の内容ってどんなかしら?』と、
ベクシィは大変興味をそそられ、即購入に至ったわけです



では、その本の中味はと言うと…


前半は、本当に、本当に、本当に、残念でガッカリでした

日頃から一度読み始めた本は【ベクシィにとって時期尚早】と判断しない限り、
どんなにつまらなくても一応最後まで目を通すようにしています

が、しかし、正直前半で脱落しそうになりました

それは、内容が難しかったのではなく、いえ、寧ろ内容は簡単なのですが、
その文体が、話の運び方が異様に安っぽい(ごめんなさい)と感じてしまったからです

何年か前にネット上の情報商材ビジネスが盛んになったかと思います

ダイエットや美容、ネットビジネスや恋愛について等、色々な情報が高値で売られていました

そのセールスレターを読んだ事がありますでしょうか?

相手の問題に触れ、自分はその解決策を知っているとほのめかしながらも核心には触れず、
次々と相手の不安を高める発言を繰り返し続け、解決策はのらりくらりとかわし、
相手の不安が最高潮に高まったタイミングで商品の購入案内を出す手法を取る文章です

文章でなかったら、悪徳エステの勧誘の手法と同じ感じです


ベクシィはもともとそうゆう商法が嫌いで、下品と感じるタイプなのです

先日も結婚式場を探していた時に、とあるゲストハウスでそうゆう商法を行っていたので
『悪エステの下品な勧誘商法を同じですね』
と、面と向かって言ってしまったほど、苦手

どんなもっともらしい理由をつけたところで、
相手の不安を煽るような発言をしたり、そこを逆手に取ろうとする時点で誠実さのカケラも感じられません



この本の前半はなんと、そんな方法で書かれているのです

まぁね、そういった論法が嫌いなのはベクシィ1個人の趣向の問題ですし、
そうゆう文章運びがお好きな方もいらっしゃると思います

さらにこの著者も、前半をそういう進め方にしたのは、
「サンスカーラ」という言葉や概念になじみの無い方をビックリさせない為としていました

ベクシィは初めてサンスカーラの考えを知った時も別に驚きませんでしたし、
今はもうサンスカーラの概念を知っているので、
最初の一頁目からサンスカーラの主の部分に触れられても全く拒絶は起こしません

けれど、この著者の言うとおり、本当に始めてその考えに触れた人の中には、
驚いたり、拒絶したりする方もいらっしゃるのかもしれません

そう考えると、ベクシィに違和感を感じさせた前半部分は、
一般的には歓迎されるべき素晴らしいオープニングなのかもしれません


そこはもはやベクシィには判断がつかないので、
ご興味のある方は手にとって検証していただければと思います

さらに、その前半さえ通り過ぎたら、後半はなかなか面白いものでした

ヨーガで考えられている人生の展開の仕方、その人のココロがどう人生に関わっているか、
がとても分かりやすくかかれています


ただ、数箇所間違えがあります

ヨーガスートラをパタンジャリという一人の人が書いたとされている部分や、
ハタ・ヨーガがラージャ・ヨーガの準備段階の話とか、
最も間違えられやすい部分ではあるものの、本当に間違って話が展開されてたので、
それもちょっと考え深かったです


とは言え悪い本かと問われたら全くそうではなくて、
一時流行った【ザ・シークレット】とかが好きな方には、
とてもよい内容なのではないかなぁ?と思います


あなたの運命を決めるサムスカーラ―本当の幸せを見つけるヨーガの秘宝


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Om Shanti & Love Love xxx   ベクシィ

愛と超作

先日スピリチュアリティの真実を貸して下さった先生に、
「同じ著者の別の本ももっていますか?」とお伺いしたら貸して下さった1冊

愛と超作―神様の真似をして生きる

副題が【神様の真似をして生きる】の通り、
内容をざっくりと言ってしまうと

「本当の意味での自己成長を目指す人にとって、
 それを実現させる為に大切な生き方は神様の真似をする生き方である」的な感じです


超作という言葉、ベクシィは今回初めて聞きました

ヨーガの重要な古典的教典といえばヨーガ・スートラやハタ・ヨーガ・プラディーピカー、シヴァ・サンヒターなどなど色々とありますが、その中でも大切なものの一つに

バガバッド・ギータ

という叙事詩があります

これは主にジニャーナ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、バクティ・ヨーガについて説かれています

そもそもこの超作という言葉は、もともとこのギータの中の第三章四に出てくる言葉を
辻直四郎さんが訳した時に使ったものだそうです

(因みに、ベクシィの持っているギータはどれも違う方が訳されたものなので、
 同じ言葉を「超越」とか「解放」とか訳されていました)

ギータで説かれる超作とは
『結果にとらわれないでその行為だけをすれば、結果にとらわれる自分というものから離れることが出来る。
 行為の結果にとらわれる自分というものから離れることができれば、
 小さな自分を否定し、それを破って高い状態に達することが出来る』
(本文より)
という意味で書かれています

つまりは、行為の結果にとらわれず、ただ行為をするということですね


しかし、ここで書かれている著者の言う超作はだいぶ違う、と言います
『或る行為をする場合、結果を求めない行為というのは勿論無い。
 だから結果を求めて行為をするけれども、行為をする時に、
 その結果がどうであるかということを忘れてしまう程に行為そのものになりきるということです。
     (中略)
 もう一つは行為をする前に、自分がこの行為をすることによって少しでも他の人が助かるように、
 あるいは他の人に役に立つようにと念じるということなのです。』
(本文より)


ベクシィにとっては、この2つがそう違うものとは思いません。

と言うのも、ヨーガには様々な流派がありますが、それが単独で行われることはまずありません

例えば、ラージャ・ヨーガを行う方が瞑想だけをしていて他のヨーガを全くせずにいられるかと言えば、そうはいかないでしょう

瞑想をしながら、今日は瞑想でこの程度の成果をあげたいと結果を思い、毎度毎度その結果に振り回されているようでは、本当の瞑想なんて出来ませんし、瞑想により自分のレベルをあげる事なんて不可能でしょう

また、ラージャ・ヨーガのアシュターンガ・ヨーガ(八支則)の中に無執着や神様への献身が入っているように、瞑想を中心にヨーガをしたいと思ったって、カルマ・ヨーガやバクティ・ヨーガはつきまとってきます

瞑想をしている時以外は人に悪態ついて悪さばかりをしていたら瞑想の意味は全く無くなってしまいますから

同じように、信仰が篤く、バクティ・ヨーガを中心に行おうと思えば、その行為は同時にカルマ・ヨーガにもなるでしょう

結果に執着して、日常生活に不平不満ばかりでは、いくら口では「神様を信じている」と言ったところで全くウソになります

それは神様が与えてくれる現実を受け入れられない事になり、イコール神様への献身にはなりません

その為、本当の意味でのバクティ・ヨーガにはカルマ・ヨーガがつきものです



このように、さまざまなヨーガですが、何が何でも単独で行うというのは不可能な話です

その為、ギータの中での超作という言葉が何を意味していたとしても、
カルマ・ヨーガを語る時には必ずバクティ・ヨーガが絡んできて、
結果、この著者が言う超作と同じような意味になると思います

そう言った意味で、著者の使う超作は、言葉の意味だけでは無く、
実践的な行動・生き方を含めた意味での言葉になっているのでしょう


さて、やたらと長くなりましたが、
と言うことでベクシィはこの本の内容をカルマ・ヨーガとバクティ・ヨーガの本と理解しました


ヨーガを行って、ヨーガが好きになると、
「ヨーガ的に生きたいな…」なんて思う方もいらっしゃると思います

では、ヨーガ的に生きるって、いったいどうゆうことでしょうか


ヨーガ的な人というと、ベジタリアンであるとか、エコな人であるとか、自然派な人であるとか、
そう言ったイメージが強いかと思います

でも実際はそうではなくて、ヨーガ的に生きるとは、カルマ・ヨーガ&バクティヨーガ的に生きること、瞑想的に生きること、自分自身やその周りとしっかりと向き合って生きることです


その具体的な生き方を『神様の真似をすること』として、
母と子の愛などを例にあげながら詳しく書かれています

ヨーガ的に生きたいなぁと思っても、どうやって生きることがヨーガ的な生き方なのか、
イマイチよく分からなかった方にとっては、とても分かりやすく参考になるのではないでしょうか

同じ著者で以前にご紹介したスピリチュアリティの真実輪廻転生の秘密よりも読みやすく分かりやすいと思います

ただ、他の2冊にあったマニアックさオカルトっぽさが無い変わりに、
「神様」乱立で宗教っぽさが増します

神様嫌いの方は苦手と思うので、ご注意ください


愛と超作―神様の真似をして生きる


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Om Shanti & Love Love xxx    ベクシィ

輪廻転生の秘密

題名の通り、かなりマニアックな本です

輪廻転生の秘密―再生、カルマとそれを越える道

ヨーガの考えの根本には、この輪廻転生の考えが流れています

よくヨーガの本来の目的は三昧・解脱・悟り…なんて表現されますが、
それはイコール【輪廻転生の輪から抜ける】【もう生まれ変わらない】を意味します


その為、ヨーガの世界をしっかり理解したいと思っているベクシィにとって、
輪廻転生の理解は必要不可欠です

よく書くことですが、ベクシィはそれを信じてるとか信じていないとかではなく、
『ヨーガの世界を理解するのに必要なことは、何でも知りたい!!』
というただの知りたがりです

なので、人から「生まれ変わりは無いよ」と言われても「そうかもね」と答えるし、
「生まれ変わりはあるよ」と言われても「そうかもね」と答えます

だって自分には何も見えてないのだから、
どっちが本当かなんてわたしには分からないもの


でもこの著者は違います

30年以上ヨーガの行をされている著者ですが、わたし達常人には見えない世界が見えていて、
リアルにカルマや前世、そして輪廻転生の流れも見えるそうです

その為、『多くのヨーガの本などで語られる輪廻転生やカルマの話は、
本当には見えていない人が知識で書いている内容で、
実際に見えているひとから言わせると少し内容が違っています』
と言うスタンスで書かれています


ヨーガの本は数多くかりますが、そこがこの著者の書く本の魅力であり、
一般的に気安く誰にでも勧められるものではない点でもあります


何でもそうですが、机上の空論と実体験は違います

だから、原理を説明するだけではなく、実体験や実話(?)を交えながら語られる著者のお話は、
理解しやすく、面白く感じる部分も多々あります

その分野が大好きな方のとってはウキウキする1冊でしょう

がしかしその分、前世を見たり、透視したり、神さまが出てきたり、
病気が突然治るなどの奇跡が起こったり、
この一般的な世界ではもはや信じがたい話のオンパレードになります

はっきり言って現実的ではありません

非現実的な内容に不快感を感じる方にとっては『オエーーーー』と吐き気がすること間違えなしです


そしてベクシィのようにどっちでも無い派は、
ウキウキもせずに吐き気もせずに、淡々と読めるでしょう


因みに、ベクシィが今回一番興味深く読んだのだは、
夫婦のカルマについてです

今世で夫婦と言う深い関係になる2人は、前世からの強いカルマの影響が大きいと言われています

一言で夫婦と言っても色々な因縁があり、

・逆縁のカルマの夫婦
・順縁のカルマの夫婦
・無垢の魂で結ばれた夫婦
・物の世界で結びついた夫婦
・神さまの取り成しによる夫婦

があるそうです


それぞれによって2人が結びついている所以が異なり、
夫婦の辿る道や身に起こる出来事も大きく変わるのだとか

もちろん、前世によって今世の運命が全て決まるのではなく、
ベースがあっても今世の自身の生き方次第で変わっていくものでもあるので、
逆縁のカルマの夫婦が必ず不幸になるとかではありませんが、
傾向はあるんですって


先月今月と身の回りに結婚ネタが多いベクシィ

お友達の結婚式が続いたり、知人の離婚話が続いたり、大夫婦喧嘩を目撃したり、
夫婦というもの、結婚というものを深く考えさせられる時期でした

ちょうどそんな渦中にこの本を読んだので、
夫婦のカルマについてに一番興味を示してしまいました


その他、家のカルマ、親子のカルマ、先祖の因縁、土地のカルマ、民族のカルマ、国のカルマ、自然のカルマなどがあって、わたし達は個人のカルマだけで動いているわけではないそうです

最後に【インドの宗教におけるカルマ論の変換とその考察】という短い章がありますが、
伝統的なヨーガのお勉強が好きな方には、この一章は面白いかな?と思います



とは言え、とりあえずマニアックでヨーガをしている人だからと言って誰にでも勧められる本ではありません

ので、この本を誰かに勧めるとしたら、ヨーガをしている人ではなく、
前世とか、因縁とか、オカルトチックなものが好きな方にオススメしたいと思います




輪廻転生の秘密―再生、カルマとそれを越える道


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Om Shanti & Love Love xxx     ベクシィ

スピリチュアリティの真実

先日、仲良しのヨーガの先生にチャクラの話を熱弁していたら(ベクシィウザイね…)、
その先生が『この本読んでみて下さい~~』と貸して下さった一冊です



この本、その先生が受けたヨーガのTT(ティーチャーズ・トレーニング)で副読本としてオススメされていたものだそうです

題名だけ見るとあまりヨーガの本とは思えないかもしれませんが、
その中味はヨーガと色濃く関係しています

ヨーガで考えられている【人間】の捉え方、そして悟りにいたる道のりと、
その過程で人間の中には何が起こるのか、
それが順を追って丁寧に説明されています

その為、チャクラの話、クンダリニーの話し、人間の層の話、それぞれの違い、カルマや輪廻の話、
経絡(ナーディ)についてなど、分かりやすく理解出来るのではないでしょうか


因みに、ヨーガで考える人間の層はパンチャ・コーシャと呼ばれる5層の考えと、
トリ・シャリーラと呼ばれる3層の考えがあります

ここではトリ・シャリーラ、3層バージョンが採用されています

この3層、元々のヨーガの文献では、

肉体→ストゥーラ・シャリーラ
微細体→スークシュマ・シャリーラ
原因体→カーラナ・シャリーラ

と記されているのですが、この著者の呼び方は

肉体→物理的次元
微細体→アストラル界
原因体→カラーナ界

と表現されています

ベクシィにとって得に興味深かったのは、クンダリニーが覚醒して解脱に至る道のりが
絵で順繰り紹介されていたところです

よく、独学でクンダリニーを上昇させると途中で気が狂って再起不能になる話しは聞くのですが、
絵で見ながら、ここではこうゆう状況だからこうなることも…って感じで見ていくと、
なんだかとても分かりやすかったのです


また、そういった目に見えない世界を科学的に立証しようと実験し、
その結果が載っているのも、他の多くの本との違いで興味深かったです

ただ後半、化学式(?)がたくさん出てくるところは、
完全にちんぷんかんぷん

冒頭にも『この章の難しいところは飛ばして読んでもいいと思います』と書かれていますが、
飛ばさないと意味不明でした

こうゆう時は学生時分にお勉強していた方に憧れてしまいます

とは言え、ベクシィのようにお勉強が苦手な方でも、
途中計算の意味はわからなくても、科学的な計算でもこうなって、こうなのね…
という程度の理解は出来るかと思います


総合的に見て、ヨーガのTT(ティーチャーズ・トレーニング)で副読本としてオススメしているところがあるのが頷ける1冊でした


ヨーガの先生になりたい方、ある程度ヨーガの考えに触れて、もっと詳しく知りたい方にオススメな1冊です





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Om Shanti & Love Love xxx    ベクシィ

シヴァーナンダ・ヨーガ

近代のヨーガの聖者の中でも、とっても有名なシヴァーナンダさんの生涯とその教えが書かれた本です




シヴァーナンダさんは、先日ご紹介したヨガ業者スワミ・サッチダナンダさんのグル(師匠)でもあります

お弟子さんをたくさん抱えた、大変お偉い先生でしたが(変な表現
偉ぶったところなど全く無く、とても気さくで歌と踊りが大好きな、
人の為だけを考えて行動する、愛に生きた方でした

大変失礼なベクシィは、写真で拝見するその大きなカラダ(お腹)から、
陰でこっそり『ぷーさん』と呼んでいます

もちろん、敬愛の念を込めて


面白すぎてあっという間に読んでしまった類の本ではありませんが、
一頁一頁読み進める毎に新しい学びやココロに響く言葉のある
素敵な一冊でした


シヴァーナンダさんはヨーガの流派には囚われず、
総合的に色々なヨーガを取り入れ、
ヨーガ的な生き方をすることを推奨された方です

その為、自分らしくヨーガ的な生き方をしたいと考えられている方には、
参考になる部分がたくさんあると思います


中では、ヨーガ的な生き方をする上で欠かせないカルマヨーガ(行動のヨーガ)についても
たくさん言及されています


ヨーガを学んでいる人の中でよく
「これはカルマヨーガだから」とか「私カルマヨーガをしている」と、
お金をもらわずに何かをすることを「カルマヨーガ」と乱用する方がいらっしゃいますね

わたしはそれに大変違和感を感じて、
「カルマヨーガの意味を間違って理解しているのでは?」と言いたくなっていました

これからは、そんな方にはこの本をソソと渡したい


お金をもらわ無くったって、そこに私利私欲な気持ちが少しでも混じっていたら
それはカルマヨーガではない

結果的にお金をもらうことになったとしても、そこに自我が無ければ
それは充分カルマヨーガだよって


だから、カルマヨーガって本当に難しい

そう簡単に「カルマヨーガしてる」なんて言えるもんじゃありませんね



最後に、たくさんのシヴァーナンダさんのステキな言葉の中から一つご紹介


この世は鏡のようなものです

あなたがほほ笑むならば 世の中もほほ笑み返してくれます

あなたがしかめっ面をするならば 世の中もしかめっ面をするでしょう





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Om Shanti & Love Love xxx      ベクシィ

ヨガ行者スワミ・サッチダナンダ

ヨガ業者スワミ・サッチダナンダの伝記です
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ヨガ行者スワミ・サッチダナンダ (1973年)
ヨガ行者スワミ・サッチダナンダ (1973年)

以前ご紹介したインテグラル・ヨーガ自己を知るヨーガ

どちらもヨーガを深く学びたい方には大変オススメの本ですが、
この2冊の本の基になっているのが、
スワミ・サッチダナンダというすばらしい近代のヨーガ行者の講話です

この2冊の本のどちらかでも読んだことのある方はご存知だと思いますが、
サッチダナンダさんのお話はとても素晴らしい

ヨーガの哲学的なお話って、
文化や生活様式、思想がだいぶ異なるわたし達にとっては理解し難いものです

その根本、本質までしっかり理解し、自分自身で体得できていないと
とてもじゃないけれど一般のわたし達に分かるようにはお話できないでしょう


表面をなぞっただけの理解では、難しい話は難しくしか説明できません


けれど、このサッチダナンダさんは、日常に即した例え話を多用して
初めてヨーガの哲学にふれるような相手にもわかり易くヨーガの考えを説明してくださいます

そしてそこからは、サッチダナンダさんのお人柄や智慧の深さが感じられます



この本はそのサッチダナンダさんの幼少からの人生をお弟子さんが書かれたものです

大きく、幼少期、真理の道を捜し求めた時期、
スワミ・シヴァーナンダの弟子になり東洋で活躍した時期、
そして西洋でヨーガの考えを広め、活躍した時期、に分かれています

さまざまなエピソードが語られていますが、
それと共にその時サッチダーナンダさんが感じた事、
学んだ事が本人の言葉で挟まれているのです


その挟まれている格言によって、
ある一人の聖者の人生のお話がさらにより学びの多い、
ココロに響く1冊になっていると思います


ベクシィもこの本を読んだ直後、大変充実感を覚え
「みなさまにご紹介したい箇所がたくさんあるから、
 感想を書くのには時間がいっぱいある時でないと…」
と思ったほどです


そう思って、時間がある時に、時間がある時に、と
感想を書くのを先延ばしにしていた今、
もはやその時の熱はすっかり覚めてしまっているので、
引用などは殆どなしですが


肉体的な部分だけではないヨーガや、
本当の意味でのヨーガ的な生き方に興味のある方みなさんにオススメですが、
インテグラル・ヨーガ自己を知るヨーガを読んで面白かったと思う方には是非、是非、です


因みにこのサッチダナンダさんは、近代も近代のヨーガの聖者です

1914年生まれで丁度アメリカがヒッピー時代、
ビートルズがインドに渡ってヨーガをした時代にアメリカに渡って活躍しています

その当時をリアルにご存知の方は、
またベクシィとは違う視点で楽しめるのではないかと思います



最後に一箇所引用

“ヨガは食べすぎをする人のためのものでもなく、
またろくに物も食べず飢え寸前の人のためのものでもない。
また、規則的な睡眠をとる人のためのものでも、眠りを絶つ人のためのものでもない。
饒舌に流れる人のものでもなければ、完全に沈黙を守る人のものでもない。中道こそヨガである。”

“どんな生活形態をとろうと、
たとえそれが世俗的なものであってもヨガは役に立ちます。
ヨガによって普通の状態よりも大きなくつろぎが得られます。
より平静な心をもっていれば、人はより健康になります。
普通より健康に恵まれていればそれだけ幸せになり、
ものごとをやりとげる力が大きくなってきます。”



みなさまが、ヨーガと共に幸せに人生を歩めますように


ヨガ行者スワミ・サッチダナンダ (1973年)
ヨガ行者スワミ・サッチダナンダ (1973年)



こちらもよろしくお願いいたします美しく生きる



Om Shanti & Love Love xxx

八十八歳を生きる~ヨーガとともに~




そもそもベクシィは、年を取るということに大変興味があります

年齢を重ねる事に恐れを感じる方が多いようですが、
わたしは自分がどんな風に年齢を重ねていくのか、
とても楽しみに感じています

ウキウキワクワク


それはまぁ、ベクシィのママが年齢を重ねても
大変イキイキとキュートで楽しそうな姿を見ているからと、
単純に成長変化する自分を感じるのが楽しいからかと思います


そう、なのでわたしは、
年齢を重ねていらっしゃる方というのにも大変興味があるのです


著者の佐保田鶴治先生は、
日本のヨーガの歴史を語る時に絶対外せない存在です
(ご興味ある方はWikipediaでも佐保田鶴治

そんなヨーガの大先生の老後の姿と聞いたら、
興味深々で読んでしまいますでしょう


この本には、生前の佐保田先生、最後の年の講演が収められています

あとがきを脱稿された1週間後の旅立ちだったそうで、
お亡くなりになった約1ヵ月後に出版されました



佐保田先生は元々がインド哲学・宗教学専攻の学者さんというだけあって、
ヨーガに対する知識や理解の深さが素晴らしいです


本当にヨーガを知りたいと思ったら、ヨーガ歴史をしらなくてはなりません

ヨーガがどのように発展してきたかを知らないと、
今のヨーガの形にどんな意味があるのか表面的にしか理解出来ないでしょう

そして、ヨーガの歴史がどうしてそのような道を辿ったかを本当に知るためには、
ヨーガを育んだインドがどのような歴史を辿り、
どんな文化・思想を持っていたかをしらないといけません

この現代で考えたって、お国によって思想が大きく違うのだから、
その昔から考えたらなおのことです

それを知らなかったら、ヨーガの考え方を理解出来るはずがありません


佐保田先生は、インド思想の専門家だからこそ、
表面的ではない本当のヨーガを人々に語ることが出来ます



そして、普通に考えたら、
そんな話は到底難しくて分かりにくいものになると思います

そんな分かりにくい話をユーモアを交えながら一般の人にわかり易く説明している

そんな講演をそのまま文章にしているので、もうとにかく分かりやすいです


ヨーガのことをもっと深く知りたいけれど、
難しいお話を読むのは苦手…

という方には、とても入りやすい本だと思います


ただ1986年の本なので、ちょっと昔っぽい感じは否めません

ヨーガはもっともっと大昔からのものなので、
20年程度の時差でその内容に違いはありませんが、
昔っぽいのが苦手な方は向かないかも


驚いたことに、本当に真面目にヨーガをやっている人は思想が変わってくるのです。
思想が変わるから健康になるんですね。
精神をつかい、呼吸をつかってやるヨーガの体操を通して、
どなたでもそうゆう体験を得ることができる。
生きているのが楽しくなり、人間が生まれて来ることの意味がはっきりわかってきます。

(裏表紙より)






こちらもよろしくお願い致します美しく生きる



Om Shanti & Love Love xxx    ベクシィ

透視力

大変興味深く読みました
透視力
透視力
透視力

30年以上前に綜合ヨガから発売された本です
アマゾンに画像が無いくらい古いのね

透視って、その、
普通では見えない色々なモノを見てしまうあれです

この本は直接ヨーガとは関係が無く、
完全に透視をする力について書かれたもの

けれど、それがヨーガと完全に無関係かと言うと、
そうではありません

しっかり関係があるのです


ヨーガはご存知の通り、本来【三昧】を目的としています

その【三昧】の境地に至るまでには、
色々な大変な道を通っていかなくてはなりません

大変な道を進んで行く中で、さまざまな経験が起こるのですが、
その中の一つに【シッディ】と呼ばれる超能力があるのです


それは、大昔のヨーガの教典にもしっかり出てきています

先日ご紹介したヨーガスートラにはもちろんの事、
現在日本で盛んに行われているハタ・ヨーガの教典にも書かれています

例えば、水の上を歩けるとか、人のカラダに入れるとか、
カラダが超軽くなるとか、まぁ色々

その中に、この透視力があるのです


とは言え、
これらの超能力は目的である【三昧】に向かう為には寧ろ妨げになるもので、
それを目的としたり、それに執着することは本来のヨーガとは違います

そして勿論、ベクシィも『超能力が欲しいわぁ』なんて思っているわけでもなく、
そんなものはあっても無くてもどっちでも良いかんじです


ただ、教典を読んでいるときにいつも、
シッディの項目になるとどうもイマイチふんわりとしか理解出来ないので
「理解してみたい」という興味はあります


そんなこんなでこの本、透視力

この本はもはや「透視力はあるのだ」という事実の下に書かれています

その為、その真偽を確かめるような内容ではありません

透視力と言えど、その力にレベルがあり、
その力によって見える世界の違いや、見えるモノの分類、
それを見る為にどうゆう視野を通しているか、など、
実際に透視力がある人達のお話を引用しながら解説していきます

それは、隣の家の中が見えるというものから、
東京にいながらその時沖縄にいる人のことが見えるというもの、
過去にあった事が見えるとか、未来が見えるとか、
能力によって見えるレベルが違うそう

ヨーガとは言明しませんが、「東洋のある書物では~」とか
「東洋のある方法では~」とか、ヨーガと思われる記述もちょこちょこ出てきます


まぁ、仏教にも超能力はあるみたいだし、
東洋のほかのものにもそうゆう項目があると思うので、
ここで書かれる東洋=ヨーガではないと思いますけど


最後にこういった透視力を手に入れる方法が書かれているのですが、
それはもう昔ながらの方法しかないと書かれています


自分自身を支配し、
自分自身を当然ならなければならぬあらゆる状態にして行かねばならぬ

個人の全エネルギーを傾けて、
道徳的、知的な進化の道に入ること

瞑想をすること
瞑想の為にも日常生活の中の様々な事に一心集中の実習をしていくこと

自分の心を制御し、自分の思いを全く制御できるように


って…、全部ヨーガで言われていることと同じ


となるとやっぱり、
超能力は【三昧】への道で起こることであり、
【三昧】に至よりも超能力の方が簡単って事なのかしらね

この本のお陰で、シッディの項目の透視の部分は少し想像しやすくなりました


透視力
透視力
透視力



Om Shanti & Love Love xxx     ベクシィ
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