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第十一の予言

以前ご紹介した聖なる予言第十の予言の続編です





前回、前々回に引き続き面白かったです
何故って、冒険小説ですから

昔は小説もよく読みましたが、
最近はお勉強的な本を読むことが多くなってしまったベクシィは、
冒険小説というだけで無条件にドキドキワクワクしている感は否めません

娯楽みたいな感じ

でもそこはこのシリーズ、
冒険小説の形をとりながらココロの世界をテーマにお話は展開されていきます


前回同様、主人公は色んな事を学んで精神性が高まったと思いきや、
なんだかそれがウソのように普通な生活に戻ってしまっているところから始まります

そして毎度の事ながら、
偶然が偶然を呼ぶようにして大冒険に導かれます


今回はどうやら、
【シャンバラ】を探しにいかなくてはいけないらしいのです

シャンバラとはヒマラヤの奥深くのどこかにあると言われている理想郷

そこには精神性が高まった人たちしか住んでいないので、
わたし達が今生きている世の中のような悲惨な出来事や争いなどはありません

科学も、本当の意味で人間の為になる発展の仕方をしているので、
誰かの私利私欲・恐怖の為に間違った方向に使われていることもありません
(中間子発見が原子爆弾の発展することなどない)

とても穏やかで、とても平和な世界です

その世界を探す主人公達と、
その世界の存在を否定して潰そうとする組織とが
ドキドキハラハラさせてくれちゃいます


で、そのシャンバラに住む人たちの仕事が、
寺院(?)に集まってお祈りをすることなのです

誰の為のお祈りかと言うと、わたし達です


エゴが強く、私利私欲に駆られている
この世界に住む多くの人たち(ようするに普通の人)が
少しでも精神性を上げられるようにお祈りしてくれています


普通、そんな話を読んだら「はぁ?」と思うかもしれません

でもベクシィ、無意味に思い当たる節があって
「ああっ」と思ってしまいました

いえね、ヨーガなんぞを学んでいると時々、
『ヒマラヤの奥深くに住む本物のヨーガ行者さん達は
 300才、500才まで生きる』
なんていう、まことしやかなお話を耳にするわけです


そこはなんでなんで星人なベクシィ、疑問に思ってしまうわけです

まぁ、仮に300とか500まで生きたとして、
その人達は何をしているのだ?と

結局人様の為に生きてなんぼなヨーガの世界で、
ヒマラヤの奥地なんて誰も来ないところにこもって
何百年も長生きしていたところで誰の為にも何の役にも立ってないような気がしませんか?

自己満かしら?


気になり始めると、確かめたくなるたちなので、
ヨーガの偉い先生を捕まえては質問してしまうのです


『彼らは悟りを開いたところで、
 ヒマラヤにこもりっきりで何をしているでしょうか?』


すると、先生方からは決まって
「エネルギーを送っている」とか「祈っている」とかそんなお返事が返ってきます

どうも、そこまで精神レベルが高くなると、
思考の力が一般の人と比べ物にならなくなるので、
ヒマラヤからでも世界の人々に影響を与えられるんですってーーー


で、実際にそうゆう人がいる時といない時では世の中の平和度が全然違うとか、なんだとか


そんな話を聞いた事が何度かあったので、このシャンバラのお話を見た時に
ヒマラヤの奥でお祈りなんて、まさにその話な気分でした


因みに今回主人公は、エネルギーを常にクリアにして高めておく大切さを学びます


でもなんでこれが十一番目?
もっと早い段階で出てきても良さそうな内容ですね






こちらもよろしくお願い致します美しく生きる



Om Shanti & Love Love xxx     ベクシィ





透視力

大変興味深く読みました
透視力
透視力
透視力

30年以上前に綜合ヨガから発売された本です
アマゾンに画像が無いくらい古いのね

透視って、その、
普通では見えない色々なモノを見てしまうあれです

この本は直接ヨーガとは関係が無く、
完全に透視をする力について書かれたもの

けれど、それがヨーガと完全に無関係かと言うと、
そうではありません

しっかり関係があるのです


ヨーガはご存知の通り、本来【三昧】を目的としています

その【三昧】の境地に至るまでには、
色々な大変な道を通っていかなくてはなりません

大変な道を進んで行く中で、さまざまな経験が起こるのですが、
その中の一つに【シッディ】と呼ばれる超能力があるのです


それは、大昔のヨーガの教典にもしっかり出てきています

先日ご紹介したヨーガスートラにはもちろんの事、
現在日本で盛んに行われているハタ・ヨーガの教典にも書かれています

例えば、水の上を歩けるとか、人のカラダに入れるとか、
カラダが超軽くなるとか、まぁ色々

その中に、この透視力があるのです


とは言え、
これらの超能力は目的である【三昧】に向かう為には寧ろ妨げになるもので、
それを目的としたり、それに執着することは本来のヨーガとは違います

そして勿論、ベクシィも『超能力が欲しいわぁ』なんて思っているわけでもなく、
そんなものはあっても無くてもどっちでも良いかんじです


ただ、教典を読んでいるときにいつも、
シッディの項目になるとどうもイマイチふんわりとしか理解出来ないので
「理解してみたい」という興味はあります


そんなこんなでこの本、透視力

この本はもはや「透視力はあるのだ」という事実の下に書かれています

その為、その真偽を確かめるような内容ではありません

透視力と言えど、その力にレベルがあり、
その力によって見える世界の違いや、見えるモノの分類、
それを見る為にどうゆう視野を通しているか、など、
実際に透視力がある人達のお話を引用しながら解説していきます

それは、隣の家の中が見えるというものから、
東京にいながらその時沖縄にいる人のことが見えるというもの、
過去にあった事が見えるとか、未来が見えるとか、
能力によって見えるレベルが違うそう

ヨーガとは言明しませんが、「東洋のある書物では~」とか
「東洋のある方法では~」とか、ヨーガと思われる記述もちょこちょこ出てきます


まぁ、仏教にも超能力はあるみたいだし、
東洋のほかのものにもそうゆう項目があると思うので、
ここで書かれる東洋=ヨーガではないと思いますけど


最後にこういった透視力を手に入れる方法が書かれているのですが、
それはもう昔ながらの方法しかないと書かれています


自分自身を支配し、
自分自身を当然ならなければならぬあらゆる状態にして行かねばならぬ

個人の全エネルギーを傾けて、
道徳的、知的な進化の道に入ること

瞑想をすること
瞑想の為にも日常生活の中の様々な事に一心集中の実習をしていくこと

自分の心を制御し、自分の思いを全く制御できるように


って…、全部ヨーガで言われていることと同じ


となるとやっぱり、
超能力は【三昧】への道で起こることであり、
【三昧】に至よりも超能力の方が簡単って事なのかしらね

この本のお陰で、シッディの項目の透視の部分は少し想像しやすくなりました


透視力
透視力
透視力



Om Shanti & Love Love xxx     ベクシィ

人に愛されるひと 敬遠される人

とても読みやすく、解りやすく、面白く、オススメの1冊です



題名だけ見ると、よくある人付き合いを上手くやる本のような気がすると思います

でもそうではなくて、
これはお釈迦さまの教えから見る人間関係が説かれています

なので、相手を自分の思う通りにコントロールするテクニックとか、
人に好かれる為にはこうゆう態度を取って、こんな心遣いを見せておけとか、
そうゆううわべだけの虚しい小手先テクニックは皆無です

その変わり、人間の根本的な本質を元に、
どんな場合にも通ずるような人と人と正しい関係の気付き方が述べられています

ただ、それは容易なことではありません


皆さんもその気があれば、悟りをひらくことは出来るのです。
悟りをひらくということは一般的にも、
また仏教でも非常にむずかしいこととされています。
しかしそのむずかしい悟りをひらくこと以上に、
「人とうまくつき合う」ということは、さらにむずかしいことなのです。
それはしっかりと覚えておいてください。
(本文より)


と、本の中でも表現されている通り、難しい

だってそれは、
人間はみな自分勝手でわがままな存在だから

他人を直そうとするのではなく自分を直す
そのことの大切さを改めて再確認させてくれます


そして何より、ベクシィは今ではなくて、
思春期&学生時代の自分にこの本を読ませてあげたいと思いました

まぁ、当時は本なんて読まない子だったので、
「読んだら?」と言っても「イヤ」と言われるでしょうけど

当時わたしは「人間はみな平等だ」という感覚が間違った方に働いており、
自分にとってよくないと思われる相手とでも距離を置くことが出来ませんでした

お陰で、完全来るもの拒まず状態になり、一度人間関係が大爆発

自分の管理の範囲以上の人数とお友達になるコトの方が失礼だなんて思いもせず、
自分から誰かに距離を置くことが「失礼」であり「不平等」であり「差別的」であるとも感じていました


今は色々気付き成長したお蔭で、そんなバカな間違えはもうしません

でも、当時のベクシィにはこの一節を読ませてあげたいのです


「人間はみな平等だ」と言っても、
すべての人と友人になる必要はありません。
それは覚えておいてください。
それはとても大切なポイントなのです。
世のなかにはつき合わなくてもいい人や、
かえって仲良くしないほうがいい人もいるのです。
(本文より)

この後、自分に悪い影響を与える人とは付き合わないほうがいいと断言しています。
人間とは、環境や人に影響されてはぐくまれていくものだから、
悪い影響を与える人の中にいたら、いくら自分を保とおとしてもその影響が出てしまいます。

だから、それで誰かとある程度の距離を保つことは、=差別ではないですね


ありがたい事に、今は職場の人間関係も恵まれていると思いますし、
大切に思えるお友達がいてくれます

みんな本当に大好きです

でもいつも

「もしつき合うべき人がいないのならば、一人でいいのだ、一人で十分だ」
                          (本文より)  

というような強いココロでいたいと思います


そして、どれだけ人とつき合うことが難しいかを肝に命じて
出来るだけ人に愛されるひとになれるように励んでいきたいと思います





こちらもよろしくお願いします美しく生きる


Om Shanti & Love Love xxx     ベクシィ
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