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愛と超作

先日スピリチュアリティの真実を貸して下さった先生に、
「同じ著者の別の本ももっていますか?」とお伺いしたら貸して下さった1冊

愛と超作―神様の真似をして生きる

副題が【神様の真似をして生きる】の通り、
内容をざっくりと言ってしまうと

「本当の意味での自己成長を目指す人にとって、
 それを実現させる為に大切な生き方は神様の真似をする生き方である」的な感じです


超作という言葉、ベクシィは今回初めて聞きました

ヨーガの重要な古典的教典といえばヨーガ・スートラやハタ・ヨーガ・プラディーピカー、シヴァ・サンヒターなどなど色々とありますが、その中でも大切なものの一つに

バガバッド・ギータ

という叙事詩があります

これは主にジニャーナ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、バクティ・ヨーガについて説かれています

そもそもこの超作という言葉は、もともとこのギータの中の第三章四に出てくる言葉を
辻直四郎さんが訳した時に使ったものだそうです

(因みに、ベクシィの持っているギータはどれも違う方が訳されたものなので、
 同じ言葉を「超越」とか「解放」とか訳されていました)

ギータで説かれる超作とは
『結果にとらわれないでその行為だけをすれば、結果にとらわれる自分というものから離れることが出来る。
 行為の結果にとらわれる自分というものから離れることができれば、
 小さな自分を否定し、それを破って高い状態に達することが出来る』
(本文より)
という意味で書かれています

つまりは、行為の結果にとらわれず、ただ行為をするということですね


しかし、ここで書かれている著者の言う超作はだいぶ違う、と言います
『或る行為をする場合、結果を求めない行為というのは勿論無い。
 だから結果を求めて行為をするけれども、行為をする時に、
 その結果がどうであるかということを忘れてしまう程に行為そのものになりきるということです。
     (中略)
 もう一つは行為をする前に、自分がこの行為をすることによって少しでも他の人が助かるように、
 あるいは他の人に役に立つようにと念じるということなのです。』
(本文より)


ベクシィにとっては、この2つがそう違うものとは思いません。

と言うのも、ヨーガには様々な流派がありますが、それが単独で行われることはまずありません

例えば、ラージャ・ヨーガを行う方が瞑想だけをしていて他のヨーガを全くせずにいられるかと言えば、そうはいかないでしょう

瞑想をしながら、今日は瞑想でこの程度の成果をあげたいと結果を思い、毎度毎度その結果に振り回されているようでは、本当の瞑想なんて出来ませんし、瞑想により自分のレベルをあげる事なんて不可能でしょう

また、ラージャ・ヨーガのアシュターンガ・ヨーガ(八支則)の中に無執着や神様への献身が入っているように、瞑想を中心にヨーガをしたいと思ったって、カルマ・ヨーガやバクティ・ヨーガはつきまとってきます

瞑想をしている時以外は人に悪態ついて悪さばかりをしていたら瞑想の意味は全く無くなってしまいますから

同じように、信仰が篤く、バクティ・ヨーガを中心に行おうと思えば、その行為は同時にカルマ・ヨーガにもなるでしょう

結果に執着して、日常生活に不平不満ばかりでは、いくら口では「神様を信じている」と言ったところで全くウソになります

それは神様が与えてくれる現実を受け入れられない事になり、イコール神様への献身にはなりません

その為、本当の意味でのバクティ・ヨーガにはカルマ・ヨーガがつきものです



このように、さまざまなヨーガですが、何が何でも単独で行うというのは不可能な話です

その為、ギータの中での超作という言葉が何を意味していたとしても、
カルマ・ヨーガを語る時には必ずバクティ・ヨーガが絡んできて、
結果、この著者が言う超作と同じような意味になると思います

そう言った意味で、著者の使う超作は、言葉の意味だけでは無く、
実践的な行動・生き方を含めた意味での言葉になっているのでしょう


さて、やたらと長くなりましたが、
と言うことでベクシィはこの本の内容をカルマ・ヨーガとバクティ・ヨーガの本と理解しました


ヨーガを行って、ヨーガが好きになると、
「ヨーガ的に生きたいな…」なんて思う方もいらっしゃると思います

では、ヨーガ的に生きるって、いったいどうゆうことでしょうか


ヨーガ的な人というと、ベジタリアンであるとか、エコな人であるとか、自然派な人であるとか、
そう言ったイメージが強いかと思います

でも実際はそうではなくて、ヨーガ的に生きるとは、カルマ・ヨーガ&バクティヨーガ的に生きること、瞑想的に生きること、自分自身やその周りとしっかりと向き合って生きることです


その具体的な生き方を『神様の真似をすること』として、
母と子の愛などを例にあげながら詳しく書かれています

ヨーガ的に生きたいなぁと思っても、どうやって生きることがヨーガ的な生き方なのか、
イマイチよく分からなかった方にとっては、とても分かりやすく参考になるのではないでしょうか

同じ著者で以前にご紹介したスピリチュアリティの真実輪廻転生の秘密よりも読みやすく分かりやすいと思います

ただ、他の2冊にあったマニアックさオカルトっぽさが無い変わりに、
「神様」乱立で宗教っぽさが増します

神様嫌いの方は苦手と思うので、ご注意ください


愛と超作―神様の真似をして生きる


こちらもよろしくお願いいたします美しく生きる


Om Shanti & Love Love xxx    ベクシィ
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